診療報酬改定対応PMの仕事。2年に一度のシステム更新を担う医療DX
- 診療報酬改定は原則2年に1度、薬価改定は毎年実施され、PMは異なる周期の改修サイクルを同時に管理する。
- 改定の官報告示から4月施行までは例年1ヶ月程度しかなく、PMはマスタ改修とテストを圧縮して進める。
- 厚労省の診療報酬改定DXで共通算定モジュール等の標準化が進み、PMの役割は個社対応から標準活用支援へ移行しつつある。
「今回の改定、答申が出てから施行まで実質40日くらいしかないですよね。この間にマスタ改修も総合テストも終わらせろというのは、正直かなり無茶な話だと思うんですよ」とあるレセプトコンピュータベンダーのSEさんが、疲れた声でこぼしていたのを今でも覚えています。
診療報酬改定対応のPMという仕事は、2年に1度(薬価改定は毎年度)訪れるこの短納期の改修サイクルを、医事課・ベンダー・院内SEという立場も専門性も異なる三者の間で調整しながら、4月1日という動かせない期日に着地させる仕事です。ITプロジェクトの納期交渉とは違い、施行日をずらすという選択肢はありません。この記事では、改定対応PMが実際に何を管理しているのか、なぜ修羅場になりやすいのか、そして厚労省が進める「診療報酬改定DX」がこの仕事をどう変えつつあるのかを、実務目線で整理していきます。
1. 診療報酬改定の基本構造。本体改定と薬価改定は周期も負荷も違う
まず整理しておきたいのは、「診療報酬改定」とひとくくりに呼ばれるものの中に、性質の異なる2つの改定が含まれているという点です。診療行為の点数や算定要件を見直す本体改定は、原則として2年に1度、西暦偶数年の4月1日に施行されます。一方、医薬品の公定価格を見直す薬価改定は、2021年度の改定以降は毎年度実施される運用に変わりました。この2つはPMにとっての負荷の質がまったく異なります。
改定内容の議論は、施行の前年からおよそ半年以上かけて中央社会保険医療協議会(中医協)で審議されます。PMにとって重要なのは、この議論の途中経過をどれだけ早く掴んで社内の開発チームに共有できるかという情報収集の速さです。答申が出てから初めて動き出すのでは、実質1ヶ月強という改修期間はさらに短くなってしまいます。
| 項目 | 本体改定(診療報酬) | 薬価改定 |
|---|---|---|
| 頻度 | 原則2年に1度(偶数年4月施行) | 毎年度(2021年度以降) |
| 見直し対象 | 診療行為の点数・算定要件 | 医薬品の公定価格 |
| システムへの影響 | 点数マスタ・算定ロジック・帳票類 | 薬価マスタの更新が中心 |
| PMの負荷の目安 | 要件解釈から総合テストまで含め重い | 本体改定と比べると軽い |
答申が出るのは例年2月中旬頃、官報告示は3月上旬頃というのがおおよその目安です。つまり施行日の4月1日まで残された時間は、実質1ヶ月から1ヶ月半程度しかありません。しかも医科・歯科・調剤という3つの領域それぞれで告示内容が並行して出るため、システムによっては同時並行で3系統の改修を回す必要も出てきます。このタイムラインの短さこそが、改定対応PMの仕事の難易度を決めていると僕は考えています。
2. PMが担う実務範囲。要件解釈・マスタ改修・テストの三段構え
改定対応PMの仕事は、大きく3つの工程に分けられます。1つ目は、告示内容を読み解いて自社システムへの影響範囲を特定する「要件解釈」です。加算の新設・廃止、算定要件の変更、様式の改訂などが数百項目単位で並ぶ告示文書を、開発チームが着手できる粒度の仕様に落とし込む作業になります。2つ目は、点数マスタ・レセプト電算コード・算定ロジックを実際に改修する工程です。3つ目が、改修後のレセプト算定結果が正しいかを確認する総合テストで、ここには医事課の職員に実際の算定パターンで検証してもらう工程も含まれます。
改修対象は点数マスタだけではありません。施設基準の届出内容が変わる加算については、届出様式そのものの見直しも発生しますし、DPC対象病院であれば包括評価点数の設定ロジックも改修範囲に含まれます。さらに、電子処方箋やオンライン資格確認など既に稼働している周辺システムとの連携部分に影響が及ぶケースも増えており、改修範囲の見極めそのものが年々複雑になっているという印象があります。
この3工程を、答申から施行までの1ヶ月強という枠に収めなければなりません。僕が支援に関わったある中規模病院向けレセコンのリプレイス案件では、要件解釈の段階で開発チームと医事課の解釈が食い違い、テスト開始が予定より2週間近く後ろ倒しになったことがありました。結果として、施行日当日は旧マスタと新マスタを並行運用し、算定結果を人手で突き合わせるという綱渡りの対応になったのを覚えています。短納期のプロジェクトほど、最初の要件解釈の精度がその後の全工程を左右するという教訓でした。
3. 現場で起きる衝突。医事課・ベンダー・院内SEの三者調整
改定対応が難しいのは、システムの改修そのものより、立場の違う三者の間で優先順位と解釈をすり合わせる作業だと僕は感じています。医事課の職員は「請求漏れ・返戻を絶対に出したくない」という立場から、あらゆる算定パターンを網羅したテストを求めます。ベンダーのエンジニアは「限られた工数の中で施行日に間に合わせる」ことを優先し、影響範囲を絞り込みたいと考えます。院内SEは、電子カルテやオーダリングなど他システムとの連携部分で不整合が起きないかを気にします。この3者の要求は、短納期の中では往々にして衝突します。
改定対応PMの実務の中心は、この衝突を「誰の言い分が正しいか」ではなく「施行日までにどこまでのリスクを許容するか」という合意形成の問題に置き換えることにあると考えています。すべての算定パターンを完璧に検証してから施行を迎えることは、現実的な工数では不可能です。だからこそ、影響額が大きい算定項目から優先順位をつけてテストを配分し、残存リスクを医事課の責任者と合意した上で施行日を迎える、という判断をPMが引き受ける必要があります。
僕が実務で意識してきたのは、答申が出る前の「未確定の段階」から、影響が大きいと予想される項目について仮の改修方針を立てておくことです。中医協の議論の方向性から影響範囲をある程度予測し、正式な告示が出た時点で方針の微修正だけで着手できる状態を作っておく。この事前準備の有無が、1ヶ月強という短納期を乗り切れるかどうかを大きく左右すると感じています。
4. 厚労省が進める「診療報酬改定DX」とPMの役割の変化
この短納期・高負荷の構造そのものを見直す動きとして、厚労省は「診療報酬改定DX」を掲げています。柱の一つが、算定ロジックを各ベンダーが個別に実装するのではなく、共通算定モジュールとして提供し、システムごとの実装のばらつきと重複開発をなくすという構想です。あわせて、標準型レセプトコンピュータの提供や、マスタ更新の効率化も進められています。狙いは、改定のたびに全国の医療機関・ベンダーが同じ解釈作業を個別に繰り返している非効率を解消することにあります。
診療報酬改定DXの取り組みは、2024年度の改定を一つの節目として本格化しています。共通算定モジュールは全国一律にすぐ置き換わるものではなく、まずは希望するベンダー・医療機関から段階的に活用が広がっていく形が想定されています。PMとして押さえておくべきは、この移行期には「独自ロジックのまま改修を続けるシステム」と「共通モジュールを活用し始めたシステム」が現場に混在するという点です。移行期特有の複雑さに対応できるPMの需要は、当面は増える方向にあると僕は見ています。
この流れが進むと、PMの役割は「自社独自のロジックをゼロから改修する」ことから、「共通モジュールを自院・自社のシステム構成にどう組み込み、既存の周辺システムとの整合性をどう担保するか」という統合・調整の仕事に比重が移っていくと僕は見ています。個別ロジックの実装負荷は下がっても、複数システムをまたぐ全体設計と、現場の運用フローに落とし込む調整の仕事は残ります。むしろ、この統合を任せられるPMの価値は今後上がっていくと考えています。
5. 改定対応PMに向いている人。3つの軸で見る適性
改定対応PMへの適性は、性質の異なる3つの軸で見ると整理しやすいと思います。
- 人間力の軸:立場の異なる相手の言い分を「どちらが正しいか」ではなく「どこまでのリスクなら許容できるか」という合意形成の言葉に翻訳できる人。医事課の不安に共感しつつ、期日から逆算した判断を下せるバランス感覚が求められます。
- 職種経験の軸:レセコン・電子カルテ・オーダリングいずれかの改修プロジェクトに、担当者としてでもPMとしてでも関わった経験がある人。点数表を一から読める必要はなく、告示文書を仕様に翻訳する作業に伴走した経験があれば十分だと考えています。
- 技術スキルの軸:マスタ改修の影響範囲を、コードレベルではなくデータ構造のレベルで把握できる人。詳細な実装は開発チームに任せつつ、影響範囲の見積もりの妥当性を判断できる程度の理解があれば実務上は十分に機能します。
この3つのうち、最初から全部揃っている人はまれです。僕の体感値で言うと、IT側のPM経験者は技術スキルの軸から、現場出身者は人間力の軸から入り、実務を重ねる中で残りの軸を補っていくケースが多いように思います。
(結論)
診療報酬改定対応のPMは、2年に1度(薬価改定は毎年度)訪れる短納期の改修プロジェクトを、医事課・ベンダー・院内SEという立場の異なる三者の間で調整しながら、動かせない施行日に着地させる仕事です。厚労省の診療報酬改定DXが進めば、個別ロジックの実装負荷は下がっても、複数システムをまたぐ統合・調整の仕事は残り続けると僕は考えています。皆さんいかがでしたでしょうか。皆さまの現場でも、次の改定対応を振り返るきっかけになれば幸いです。それでは今日もがんばりましょう。
よくある質問
Q. 診療報酬改定システム対応のPMは未経験でも目指せますか?
医療知識ゼロからではハードルがありますが、レセコンや電子カルテのSEとして改修プロジェクトに参加した経験があれば十分に目指せる領域だと考えています。点数表を読み解く力よりも先に、告示から施行までの短い期間で要件確定・改修・テストを回すプロジェクト管理の型を身につける方が現実的だと僕は感じています。まず社内の改定対応プロジェクトに自ら手を挙げてみることをお勧めします。
Q. 診療報酬改定と薬価改定は何が違うのですか?
診療報酬改定(本体改定)は診療行為の点数や算定要件を見直すもので原則2年に1度、西暦偶数年の4月1日に施行されます。一方、薬価改定は医薬品の公定価格の見直しで、2021年度以降は毎年度実施されています。システムへの影響は本体改定の方が点数マスタや算定ロジックまで及ぶため大きく、薬価改定は薬価マスタの更新が中心になる点で負荷の質が異なります。
Q. 診療報酬改定DXが進むとPMの仕事は減るのでしょうか?
減るというより役割が変わると僕は捉えています。厚労省が進める共通算定モジュールや標準型レセプトコンピュータの提供が広がれば、各ベンダーが個別にロジックを組む負荷は下がりますが、標準モジュールを自院・自社のシステムにどう組み込むかという統合・調整の仕事は残ります。むしろ複数システムをまたぐ調整力を持つPMの価値は上がっていくと考えています。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。