職種解説2026-08-11監修:山根一城(株式会社ポテンシャライト)

地域医療連携ネットワークPMの仕事とキャリア。医療機関をつなぐ相互運用性の仕事

この記事の要点

「予算はなんとか通ったんですが、参加してくれる診療所さんがなかなか集まらなくて……」

これは僕が地域医療連携ネットワークの立ち上げを担当していた方から聞いた相談です。結論から言うと、この仕事の難所は技術要件を満たすことよりも、複数の医療機関の利害を束ねて、しかも稼働後10年を持たせる設計をすることにあると僕は考えています。今日はこの職種の実像を、技術・調整・持続可能性という3つの層と、着任後に実際何から手をつけるのかという実務の流れに分けて整理します。

0. 地域医療連携ネットワークPMとは何か

地域医療連携ネットワークとは、ある地域内の複数の病院・診療所・薬局・介護施設が、患者の診療情報(検査結果、処方、紹介状など)を電子的に共有する仕組みのことです。海外ではHIE(Health Information Exchange)と呼ばれる領域に近く、日本国内でも各地の医師会や基幹病院が主体となって構築してきた歴史があります。PMの役割は、システムベンダーへの発注管理だけでなく、参加する医療機関一つひとつと個別に条件をすり合わせ、稼働後も使われ続ける仕組みとして運用していくところまでを含みます。単発のシステム開発案件とは違い、関係者の数が多く、しかも各機関に決裁権を持つ立場が別々に存在する点が、この仕事特有の難しさです。1つの病院内で電子カルテを標準化していくPMの仕事とは似て非なるもので、対象が「院内の部門間調整」から「法人をまたいだ利害調整」に切り替わる、という感覚を持っておくと実像がつかみやすいと思います。

1. 何をする仕事か:技術・調整・持続可能性の三層

実務は大きく3つの層に分かれます。1つ目は技術層で、データ連携の規格選定とシステム間の相互運用性の担保です。2つ目は調整層で、参加医療機関ごとに異なる要望(閲覧できる情報の範囲、費用負担、既存システムとの接続方法)を一つの仕様書に落とし込む作業です。3つ目は持続可能性層で、稼働後の運用保守体制と費用モデルを設計し、数年単位で利用率が落ちないよう手を打ち続けることです。僕の体感値で言うと、立ち上げ期のPMは技術と調整に工数の8割を使いがちですが、実際にキャリアとして評価されるのは3つ目の持続可能性の設計を経験した人材です。ここを一人でやり切った経験があるPMは、規制業界の中でも希少だと感じています。単発の開発プロジェクトを完遂した実績とは別枠で見られる、という点は転職活動の際にも意識しておいた方がよいと思います。

2. 技術要件:SS-MIX2とHL7 FHIRという2つの土台

日本国内の地域医療連携では、SS-MIX2(標準化ストレージ)が長く事実上の標準として使われてきました。電子カルテのベンダーが異なっていても、SS-MIX2形式でデータを吐き出せば、別システム側で取り込める、という仕組みです。近年はより柔軟なデータ交換規格であるHL7 FHIRへの移行議論も進んでおり、PMはこの2つの規格のどちらを軸にするか、あるいは併用するかという技術判断に関わることになります。ここで重要なのは、規格そのものの理解より、各医療機関の電子カルテベンダーが対応できる範囲を早い段階で洗い出す実務です。僕が関わった案件では、参加予定の8医療機関のうち3機関で電子カルテのバージョンが古く、SS-MIX2出力自体に追加改修費用が発生することが判明し、予算の組み直しに1か月以上かかったことがあります。改修費用は僕の体感値で1医療機関あたり150万円から300万円ほど幅があり、この幅がそのまま参加医療機関側の「今回は見送りたい」という判断につながることも珍しくありません。机上の仕様書だけでは動かないことが珍しくない、というのが実感です。

3. 合意形成の難所と着任後90日の実務手順

技術以上に時間がかかるのが合意形成です。基幹病院は自院のデータを提供する側に回ることが多く、診療所側は受け取る側に回ることが多いため、負担と受益のバランスが非対称になりがちです。費用分担についても、参加費を均等割にするのか、病床数やデータ提供量に応じた傾斜配分にするのかで議論が長引きます。僕がこれまで見てきた中で印象的だったのは、技術仕様がほぼ固まった後になって、参加費の負担割合をめぐる話し合いに半年以上かかったケースです。技術が終われば楽になるだろうという見立てが、そのまま外れた例でした。

この経験を踏まえて、僕が着任時のPMに勧めているのが次のような90日単位の動き方です。最初の30日は、参加予定の全医療機関を一巡し、システム部門ではなく事務長クラスに「何が不安か」を直接聞く時間に使います。次の30日で、聞き取った不安を分担金・運用負荷・データ範囲の3項目に分類し、合意形成専用の進捗表を作ります。この進捗表は医療機関名、分担金の合意状況、運用負荷への懸念点、データ範囲の合意状況、次アクションの期限、という5列だけのシンプルなもので構いません。システムの開発進捗表とは別に用意するのがポイントで、技術の進捗が順調でも合意形成が止まっているという事態を早期に発見できます。残りの30日で、最も反対の強い1〜2機関に個別訪問を重ね、全体会議の前に非公式な合意点を作っておきます。全体で決を採る場に持ち込む前に根回しを終える、という段取りです。

よくある失敗も3つ挙げておきます。1つ目は、技術仕様の完成度を合意形成の進捗と同一視してしまうこと。仕様書が完成しても、費用負担の話し合いが手つかずのままということはよくあります。2つ目は、基幹病院の意向だけを聞いて診療所側の負荷を軽視すること。診療所は人手が少なく、日々の診療の合間にデータ入力の手間が増えることへの抵抗が強いため、初期の説明が不十分だと後から不参加を招きます。3つ目は、補助金の申請書に書いた稼働率目標を、運用開始後の現実的な数値に置き換えず放置することです。目標と実績の乖離が大きいまま数年経つと、分担金の見直し交渉自体が難航します。対処としては、着任直後の90日で作った合意形成進捗表を、稼働後も四半期ごとに更新し続け、懸念点が数字ではなく個別の発言として残るようにしておくことをお勧めします。

4. 持続可能性の壁:費用負担と稼働率低下という現実

地域医療連携ネットワークの多くは、国や自治体の補助金を活用して立ち上げられます。ところが補助金は多くの場合、初期構築費用のみを対象としており、運用開始後の保守費用や人件費は参加医療機関の分担金で賄う必要が出てきます。総務省などが実施してきた地域医療情報連携ネットワークに関する調査でも、稼働後の利用率低下や、費用負担の重さを理由にした休止・統合が課題として繰り返し報告されています。ここで運営主体の違いを整理しておきます。

運営主体意思決定スピード主な資金源持続性の傾向(目安)
自治体主導型やや遅い(合議制)補助金・自治体予算予算年度の見直しに左右されやすい
医師会主導型中程度会費・参加費会員の合意形成次第で安定しやすい
基幹病院主導型速い病院負担が中心病院の方針転換の影響を受けやすい

この違いを具体的なケースで比べてみます。僕が見聞きした範囲での話ですが、医師会主導で分担金を病床数に応じた傾斜配分にしたA地域では、補助金終了後も会員間の合意が保たれ、稼働率が体感で大きく落ちることなく運用が続いていました。一方、自治体主導で分担金を均等割にしていたB地域では、小規模診療所の負担感が大きく、補助金終了と同時期に脱退が相次ぎ、数年で機能縮小に至ったと聞いています。基幹病院主導で立ち上げが早かったC地域では、初動こそスムーズだったものの、主導した病院の経営方針転換をきっかけに事務局体制が縮小され、周辺診療所側の閲覧手続きが煩雑化して利用率が下がった、という話も耳にしました。同じ技術基盤を使っていても、資金モデルと運営主体の違いだけで持続性が大きく分かれる、という点はPMとして押さえておくべき教訓だと思います。

5. このポジションに向いている人・求められるスキル

資質は人間力・職種経験・技術スキルの3つの軸で分けて考えると整理しやすくなります。人間力の軸では、立場の異なる複数の医療機関担当者の話を、対立させず一つの合意点にまとめる粘り強さが求められます。職種経験の軸では、SIerや医療機関の情報システム部門で、複数拠点・複数ベンダーの調整プロジェクトを経験したことがある人が有利です。技術スキルの軸では、SS-MIX2やHL7 FHIRといった相互運用性の規格を、ベンダーとの会話で使える水準まで理解している人が求められます。面接の場でも、技術の知識量そのものより「反対していた医療機関をどう説得したか」という具体的な場面を語れるかどうかが見られている、というのが僕の体感です。逆に、単発の開発案件を計画通りに進める力だけでは、この職種の後半戦である持続可能性の設計で苦労することが多いという印象を持っています。運用開始後も定期的に医療機関側と接点を持ち続ける仕事だと捉えておくと、ミスマッチが減ると思います。

6.(結論)

地域医療連携ネットワークPMは、技術規格への理解、複数医療機関の間に立つ合意形成力、そして稼働後10年を見据えた費用設計という、3層それぞれに難しさがある仕事です。着任後90日の動き方一つで、その後の合意形成の速度が変わるほど、初動の設計が重要な仕事でもあります。派手さはありませんが、その分だけ経験者が少なく、規制業界特有の専門性が評価されやすい領域だと僕は考えています。皆さんいかがでしたでしょうか。では今日もがんばりましょう。

よくある質問

Q. 地域医療連携ネットワークPMには医療情報技師の資格が必要ですか

必須ではありませんが、SS-MIX2やHL7 FHIRといった医療情報連携の標準規格を理解する土台として医療情報技師や医療情報技師能力検定の知識は実務で役立ちます。資格の有無より、複数医療機関の担当者と規格の話を対等にできるかどうかが採用側の見る点だと僕は考えています。

Q. 地域医療連携ネットワークはなぜ稼働後に使われなくなることがあるのですか

導入時の補助金や機運は立ち上げまでしか支えてくれず、運用フェーズに入ると参加医療機関の分担金負担と、現場の入力・閲覧の手間が上回ってしまうためです。総務省などの調査でも稼働率低下は繰り返し課題として指摘されており、PMには着任直後から運用継続を見据えた費用設計と関係構築が求められます。

Q. SIerのSEからこの分野のPMに転職する場合、何を準備すべきですか

技術面はHL7 FHIRやSS-MIX2の基礎学習で追いつけますが、それ以上に医療機関ごとの意思決定プロセスの違いを想定した提案資料作成の経験が評価されます。前職での複数拠点調整やベンダー折衝の実績を、医療機関間の合意形成の文脈で語り直す準備をおすすめします。

監修:山根 一城(株式会社ポテンシャライト 代表)

IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。

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