実務解説2026-07-23監修:山根一城(株式会社ポテンシャライト)

医療PMのステークホルダー調整。医師とIT部門と経営層をつなぐ仕事

この記事の要点

「先生、その要件は電子カルテのマスタ変更が絡むので、IT部門の承認が要ります」——そう伝えた瞬間、医局の会議室の空気が一瞬固まったのを覚えています。医師にとっては診療上の当然の要望、IT部門にとってはマスタ変更というリスクの高い作業。同じ議題を、まったく違う言葉で見ている二人が目の前にいました。

結論からお伝えすると、医療PMの仕事の実体は「システム構築」そのものではなく「三者翻訳」だと僕は考えています。医師、IT部門、経営層——それぞれ評価軸も使う言葉も違う三者の間に立って、同じ土台の上で合意形成できる状態を作ること。これこそが医療DXプロジェクトを前に進める本質的な仕事だと感じています。今日は、この調整業務の中身を、具体的なエピソードと実務手順、そして陥りやすい失敗パターンまで含めてお話しします。

1. 医師・IT部門・経営層は何を見ているか——三者の評価軸の違い

医療DXプロジェクトに関わる主要なステークホルダーを整理すると、大きく医師(臨床部門)、IT部門(情報システム部門)、経営層の三者に分けられます。それぞれが見ている評価軸が根本的に違うというのが、僕がこの仕事で最初に痛感したことです。

ステークホルダー主な評価軸口にしやすい言葉
医師・臨床部門診療の安全性・業務の速さ「診療が止まったら困る」
IT部門保守性・セキュリティ・運用負荷「その変更は検証期間が必要」
経営層投資対効果・スケジュール遵守「予算内で、いつ終わるのか」

この表を見ると分かるとおり、三者はそれぞれ「正しいこと」を言っています。医師の言う安全性も、IT部門の言う保守性も、経営層の言う投資対効果も、単体では誤っていません。問題は、この三つの評価軸が同時に満たされるとは限らないという点です。電子カルテのUI変更ひとつでも、医師は「入力が速くなるなら賛成」、IT部門は「検証工数が読めないなら反対」、経営層は「予算内で終わるなら賛成」と、判断の分岐点がまったく異なる場所にあります。医療PMの調整業務とは、この三本の評価軸を一枚の合意点に折り込む作業だと言い換えられると思っています。加えて、三者は使う言葉も違います。医師は症例や診療フローの言葉で話し、IT部門は仕様書やリスク評価の言葉で話し、経営層は数字とスケジュールの言葉で話す。PMがこの三つの言語を橋渡しできるかどうかで、同じ案件でも進み方がまったく変わってくると感じています。

2. 衝突が起きる典型パターン3つ——現場のエピソードから

実際の現場で衝突が起きるパターンには、僕の体感でいくつかの型があります。ひとつは冒頭のエピソードのような「臨床要望とシステム変更リスクの衝突」です。ある電子カルテ更新プロジェクトでは、診療科からの入力項目追加の要望が月に数件出てきて、それぞれをIT部門がマスタ変更の影響範囲を洗い出すのに1〜2週間かかっていました。要望が積み重なると、診療科側は「なぜ進まないのか」と不満を持ち、IT部門は「一つひとつ丁寧に検証している」と主張し、双方の温度差が広がっていきました。

二つ目は「スケジュールとリスクの衝突」です。経営層は稼働開始日を対外的に公表していることが多く、後戻りしにくい制約になります。一方でIT部門やベンダーは、テスト工程で不具合が出れば延期を提案せざるを得ません。この衝突は、稼働日という一つの数字を巡って、経営層の外部説明責任とIT部門の品質担保責任がぶつかる構図です。僕が関わった案件でも、稼働予定日の3週間前にテストで重大な不具合が見つかり、経営層への報告と延期判断を同時並行で進めなければならない場面がありました。ここで役に立ったのは、事前に「延期を判断する基準」を経営層と合意しておいたことでした。基準が事前に共有されていたおかげで、報告の場が責任追及の場になることを避けられたと感じています。

三つ目は「情報の非対称による誤解」です。ある案件では、要件定義の議事録が関係部署に共有されるまで平均で1週間ほどかかっており、その間に別の会議で異なる方向の議論が進んでしまい、後から「話が違う」という指摘を受けたことがありました。この経験から、僕は議事録の共有速度そのものが調整コストに直結すると考えるようになりました。三つのパターンはいずれも、悪意や能力不足ではなく、立場が違う人たちが同じ情報を同じ速さで受け取れていないことが原因になっているケースが多いというのが実感です。

3. 調整を仕組み化する実務手順——今日からできる5つのアクション

調整業務を個人の気合いや経験だけに依存させると、PMが変わるたびに現場が混乱します。僕が意識してきたのは、調整を「仕組み」として設計し直すことでした。今日から始められる範囲で、所要時間の目安も含めて手順を整理します。

  1. 議事録は会議終了後24時間以内に関係部署へ配信する。決定事項・未決事項・次回までの持ち帰り事項を分けて記載する。所要時間の目安は会議1回につき30〜45分程度。
  2. 三者が同席する定例会議を、要件定義フェーズは週1回、要件確定後は隔週〜月1回のペースで設定する。カレンダーへの一括登録は初回の10分で済ませてしまうのがおすすめです。
  3. 対立が予想される議題は事前に個別ヒアリングを行い、会議の場で初めて意見をぶつけ合う状況を避ける。1部署あたり15分程度の短い聞き取りで十分効果があります。
  4. スケジュールと影響範囲は「経営層向け」「臨床向け」「IT向け」の3種類の粒度で資料を用意する。同じ事実でも、伝える相手に応じて詳細度を変える。テンプレート化しておけば作成時間は1時間程度に収まります。
  5. 決定事項が変更された場合は、変更理由と影響範囲を1枚のサマリーにして関係者全員に同時配信する。作成に時間をかけすぎず、30分以内でまとめる意識を持つと配信のタイミングを逃しません。

この5つに共通しているのは、「情報を誰よりも早く、誰よりも公平に届ける」という発想です。医療PMが調整で信頼を得られるかどうかは、判断の巧さよりも情報伝達の速さと公平さで決まる部分が大きいと僕は感じています。会議で良いことを言うよりも、会議の後に議事録を最速で回すことのほうが、長期的な信頼構築には効いてくるという体感があります。

4. よくある失敗とその対処

調整業務でよく見かける失敗のひとつは、PMが「板挟みになりすぎて自分の意見を言わなくなる」ことです。三者の顔色をうかがって当たり障りのない進行役に留まると、対立の本質が置き去りにされ、決定が先送りされ続けます。対処としては、PM自身が「この案件のプロジェクト方針としてはA案を推奨します」と一度は明確な立場を示し、その上で反対意見を吸い上げる姿勢のほうが、結果的に合意形成が早く進むことが多いというのが僕の経験です。

もう一つの失敗は、経営層への報告を「進捗が良いときだけ」に絞ってしまうことです。悪い情報を後回しにすると、後から状況が発覚した際の信頼低下は、良い報告を続けていた期間の何倍にもなって跳ね返ってきます。目安として、遅延やリスクが発生した時点でその週の定例で必ず共有するというルールを自分の中に持っておくと、後々の説明コストが小さくなると感じています。

三つ目は、IT部門や臨床部門の担当者が変わるタイミングでの情報引き継ぎ漏れです。医療機関は人事異動や当直体制の影響で担当者が入れ替わりやすく、前任者との合意事項が後任者に伝わっていないケースが少なくありません。議事録や決定事項サマリーを個人宛てでなく部署の共有フォルダに残す運用にしておくことが、地味ですが効果の大きい対処法だと考えています。

四つ目として、僕自身が過去にやってしまった失敗も挙げておきます。あるプロジェクトで、経営層向け資料と臨床向け資料の数字を別々に作った際、更新のタイミングがずれてしまい、同じ指標なのに数字が食い違ったまま両方の会議に出てしまったことがありました。この経験から、資料の粒度は変えてよいが、元データは一つのシートで一元管理するという運用に切り替えました。粒度別の資料を複数人で作る場合は、この一元管理のルールを最初に決めておくことが失敗を防ぐ近道だと感じています。

5. ケース比較——電子カルテ導入PMとSaMD開発PMでは調整の重心が違う

医療DXの案件といっても、調整の重心はプロジェクトの種類によって変わります。電子カルテ導入PMとSaMD(プログラム医療機器)開発PMを比較すると、その違いが分かりやすいと思います。

観点電子カルテ導入PMSaMD開発PM
主な調整相手院内の複数診療科・IT部門・経営層薬事部門・開発チーム・PMDA対応担当
衝突の主な火種診療科ごとの要望の優先順位開発スケジュールと薬事承認要件の整合
調整の頻度感院内会議中心で頻度は高め薬事協議は間隔が空くが1回の重みが大きい
失敗時のリカバリ余地院内調整のため比較的やり直しやすい承認スケジュールに直結し後戻りが難しい

電子カルテ導入PMの調整は、院内の多数の診療科の要望を横並びで整理し優先順位をつける「面」の調整に近い一方、SaMD開発PMの調整は、開発と薬事という縦のレールをずらさずに進める「線」の調整に近いというのが僕の感覚です。面の調整では、多くの部署から同時に声が上がるため、優先順位づけのロジックを事前に決めておくことが有効です。線の調整では、一度のズレが後工程全体に響くため、薬事協議の前段階での事前合意の精度がそのまま案件の成否を左右します。どちらが難しいという話ではなく、必要な調整スキルの質が異なるという理解をしておくと、キャリアの方向性を考える際にも役立つと思います。

6.(結論)

医療PMの仕事は、システムを作ることそのものよりも、医師・IT部門・経営層という評価軸の異なる三者の間に立ち、同じ土台の上で合意形成をつくる調整業務が本業に近いと僕は考えています。稼働時間の目安で30〜40%程度がこの調整に充てられるという体感は、一般的なITプロジェクトの調整比率と比べても高く、医療領域特有の構造だと感じています。議事録の即日共有や会議頻度の設計といった地味な仕組み化が、結果として現場の衝突を減らし、PM自身の信頼を積み上げていく近道になります。皆さんいかがでしたでしょうか。ではリンク先の医療PMキャリア診断や相談窓口も参考にしながら、今日もがんばりましょう。

よくある質問

Q. 医療PMの調整業務はどれくらいの時間を占めますか?

僕の観測ベースの目安では、医療DXプロジェクトのPM稼働時間のうち30〜40%程度が調整業務に当たります。一般的なITプロジェクトPMの調整比率が15〜20%程度と言われることと比べると高めです。医療領域では臨床部門・IT部門・経営層という三者がそれぞれ独立した意思決定権を持つため、合意形成の手間が構造的に増える点が背景にあると考えています。

Q. 医師とIT部門の意見が対立したときPMはどう動くべきですか?

結論として、PMは『正しさの判定者』ではなく『論点の翻訳者』に徹するのが基本だと考えています。医師は臨床安全性、IT部門は保守性やセキュリティという別の評価軸で発言しているため、対立を人間関係の問題ではなく評価軸のズレとして整理すると、双方が納得できる折衷案を見つけやすくなります。

Q. 三者調整の会議はどのくらいの頻度で開くのが目安ですか?

目安として、要件定義フェーズは週1回、要件が固まった後は隔週〜月1回程度に落とすバランスが良いと僕は感じています。頻度を上げすぎると現場の負荷が増え、下げすぎると論点が積み重なって一度の衝突が大きくなりやすいため、フェーズに応じて調整するのが実務的です。

監修:山根 一城(株式会社ポテンシャライト 代表)

IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。

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