職域マップ2026.07.08監修:山根一城(株式会社ポテンシャライト)

電子カルテ標準化PMの仕事とキャリア。相互運用性という配線工事の中身

この記事の要点

「電子カルテの標準化プロジェクトのPMを探しています」。この求人を初めて見たとき、多くの方が思い浮かべるのは「医療情報システムに詳しい人が欲しいのだろう」という予想です。実際に企業側へヒアリングしてみると、少し違う答えが返ってきます。求めているのは、医療情報の専門家である以前に、複数の異なる立場の人たちを一つのゴールに向けて動かせる調整型のPMだ、と。この記事では、電子カルテ標準化プロジェクトの実態と、そこで求められる力を具体的に解説します。

0. 前提:なぜ今、電子カルテの「標準化」が必要なのか

まず前提を揃えておきます。日本の医療機関の多くは、電子カルテをすでに導入しています。しかし、ベンダーごとにデータの持ち方・項目定義がバラバラで、A病院のシステムとB病院のシステムが直接データをやり取りできないという状態が長く続いてきました。患者が転院した際に紹介状という「紙」に情報を圧縮して渡す、という運用が今も現役なのはこのためです。これを解消するために進んでいるのが、国際標準規格(HL7 FHIRなど)に準拠したデータ連携基盤の整備です。既存システムの改修、地域医療連携ネットワークとの接続、電子カルテベンダーの規格対応など、対応が必要なプロジェクトは全国の医療機関の数だけ存在します。

1. PMの1日:技術検討よりも「翻訳」と「調整」の時間が長い

実際の現場でPMが何をしているかというと、多くの時間は技術検討そのものよりも「翻訳」と「調整」に費やされます。病院の情報システム部門の担当者は、必ずしもITの専門家ではありません。医事課出身、看護部出身など、様々なバックグラウンドの方が兼務で情報システムを見ているケースも多くあります。ここに対して、エンジニアが使う専門用語をそのまま伝えても伝わりません。PMの重要な仕事の一つは、技術的な内容を病院側の言葉に翻訳し、逆に病院側の運用上の制約をエンジニア側に正確に伝えることです。この「通訳」がうまくいかないプロジェクトは、驚くほど高い確率で炎上します。

2. 対比:一般的なシステム導入PMと何が違うのか

SIerで基幹システムの導入・刷新PMを経験してきた方であれば、この調整業務自体には既視感があるはずです。違いがあるとすれば、医療機関という組織の意思決定構造の特殊さです。一般企業であれば情報システム部門やIT担当役員が最終決裁者になりますが、病院では診療科ごとの医師の意向、看護部の運用上の要望、事務方のコスト意識が複雑に絡み合い、単純な上意下達では物事が進みません。ある地域医療連携システムの刷新プロジェクトでは、当初は情報システム部門主導で進めていたものの、実際に運用が始まる段階で複数の診療科から「現場のワークフローに合わない」という声が上がり、要件を再調整する場面がありました。この時、重要だったのは技術力ではなく、現場の医師・看護師と粘り強く対話を重ねる姿勢でした。

3. 求められるスキルセット:規格知識は「後から」でいい

誤解がないように申し上げると、規格の詳細知識がまったく不要というわけではありません。ただ、優先順位としては後回しで構いません。採用選考で重視されるのは、複数ステークホルダーが絡む移行プロジェクトを最後まで完遂させた経験、要件が途中で変わる状況に対応してきた経験、そして関係者の合意形成をリードしてきた経験です。HL7 FHIRのような規格の詳細は、入社後にオンボーディングで学ぶ企業がほとんどです。実際、僕がこれまで支援してきた転職者の中にも、金融機関の基幹システム刷新PMから医療情報システムの標準化PMへ転じ、半年程度で規格の基礎を実務レベルまで習得した方がいます。

4. キャリアパス:標準化案件の先に見える景色

標準化プロジェクトを一定数経験すると、その先のキャリアには大きく2つの方向性が見えてきます。1つは、より上流の医療情報システムの企画・戦略立案に関わるポジションへの進化です。もう1つは、地域医療連携基盤や電子カルテベンダー側でプロダクトマネジメントを担うポジションです。いずれの道も、「規制と技術の両方を理解した上で、現場を動かせる人材」という希少性の高いポジションにつながっています。以下は目安であり統計値ではありませんが、こうした経験を積んだ人材が、その後より上流のポジションへ転じる際、年収面でも明確な上振れを経験するケースを多く見てきました。

5. 実際にあった、標準化案件のつまずきと乗り越え方

ある地域の複数病院が参加する連携基盤の刷新プロジェクトでは、稼働直前になって「一部の診療科で入力項目の意味づけが他の病院と微妙に異なる」という問題が発覚しました。技術的には正しく規格に準拠していても、現場の運用ルールがバラバラだったため、データを連携した結果が現場の感覚とずれてしまう、という典型的な落とし穴です。この時PMが取った対応は、まず問題を「システムの不具合」ではなく「運用ルールのすり合わせ不足」と正確に切り分けることでした。その上で、各病院の担当者を集めた短い調整会議を複数回実施し、入力ルールの解釈を統一していきました。技術で解決できない問題を、対話で解決するという当たり前のことを、当たり前にやり切る胆力が問われた場面でした。

6. 未経験者が最初の90日でやるべきこと

標準化プロジェクトに未経験で参画する場合、最初の90日は「聞く」ことに徹するのが得策です。具体的には、既存のシステム構成図を読み込む、過去の議事録に目を通す、現場の情報システム担当者に業務フローをヒアリングする、という地道な作業です。率直に言うと、この期間に無理に成果を出そうとして拙速な提案をすると、現場の信頼を損なうリスクがあります。僕がこれまで見てきた事例では、最初の90日で信頼関係の土台を作れたPMほど、その後のプロジェクト推進がスムーズに進む傾向にありました。急がば回れ、という言葉がそのまま当てはまる領域です。

7. ベンダーとの関係構築も重要な仕事の一部

標準化プロジェクトでは、電子カルテベンダーとの関係構築も重要な仕事の一部です。ベンダー側にも規格対応の開発リソースには限りがあり、複数の病院案件を並行して抱えています。自分の案件を優先してもらうためには、単に発注者として指示を出すだけでなく、ベンダー側の事情を理解した上で、無理のないスケジュールを一緒に組み立てる姿勢が有効です。長期的に良い関係を築けたベンダー担当者は、些細な仕様変更にも柔軟に対応してくれることが多く、プロジェクト全体の推進力に直結します。

8. 移行プロジェクトにおける「切り戻し計画」の重要性

標準化にともなうシステム移行では、万が一新システムに重大な不具合が見つかった場合に旧システムへ戻す「切り戻し計画」を事前に用意しておくことが必須です。医療現場ではシステムが数分止まるだけでも診療業務に支障が出るため、切り戻しの判断基準とタイムラインを事前に関係者全員で合意しておく必要があります。この計画づくりを怠ったプロジェクトが本番稼働直後にトラブルへ対応しきれず、現場の信頼を大きく損なった事例を耳にしたこともあります。地味な備えほど、後で効いてきます。

(結論)まずは「調整力」の棚卸しから始めよう

電子カルテ標準化PMというキャリアは、医療知識の有無で判断するものではなく、これまで積んできた「複数ステークホルダーを動かす調整力」の延長線上にあるキャリアです。この記事の下にある適性診断では、あなたのこれまでの経験がどの軸に近いかを言語化できます。皆さんいかがでしたでしょうか。規格を覚えることより先に、自分の調整力の棚卸しから始めてみてください。では今日もがんばりましょう。

よくある質問

Q. 電子カルテ標準化PMには医療知識が必須ですか?

必須ではありません。求められる中心スキルは複数ベンダー・複数部門の調整を伴う移行プロジェクトの推進力で、医療用語や制度は現場のドキュメントと監修者から並行して学ぶ前提の求人が大半です。

Q. HL7 FHIRの知識がないと選考は通りませんか?

通ります。規格の詳細はエンジニアやSEが担当することが多く、PMには規格が何を目的にしているかという概念理解と、それを非エンジニアの病院担当者に翻訳して説明できる力が求められます。

Q. どんな経験があると選考で評価されやすいですか?

基幹システムの刷新・移行プロジェクトのPM経験、複数ステークホルダーが絡む調整案件の推進経験が高く評価されます。業界を問わず「移行プロジェクトを完遂させた実績」が最も強い武器になります。

監修:山根 一城(株式会社ポテンシャライト 代表)

IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。

あなたの調整力は、どの軸で一番活きるか

標準化・SaMD・治験DXの3軸のうち、これまでの経験が最も生きる領域を15問の適性診断で確認できます。

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