医療DX案件が急増している理由。電子カルテ標準化・SaMD・治験DXという3つの波
- 医療PM求人の急増は、電子カルテ標準化・SaMD承認体制・治験DXという3つの制度的な波が同時期に重なっているためです。
- 臨床知識は入社後の学習で足りる求人が多く、必要なのはPMとしての型と規制文脈を素早く咀嚼する姿勢です。
- 参入障壁がある領域ほど、越えた人材の専門性が年収と交渉力にそのまま転化しやすい構造になっています。
「医療系のPM求人、最近やたら増えてませんか」。ここ半年、キャリア相談の場でこの質問を受ける回数が明らかに増えました。SIerで基幹システムのPMをやってきた方、SaaSの自社開発でPdMをやってきた方、様々な立場から同じ質問が来ます。僕の答えはいつも同じで、「増えてます。しかも一時的なブームではなく、制度が変わったことによる構造的な増加です」というものです。
0. 前提:医療DXは「気分」ではなく「制度」で動いている
率直に言うと、医療業界のDXは長らく「掛け声」の域を出ませんでした。電子カルテの普及率は病院規模によって大きな差があり、紙とFAXが現役という現場も珍しくありません。ところがここ数年、状況が変わりました。理由は単純で、国の制度設計が実際に動き出したからです。医療情報システムの相互運用性を高める標準規格の普及推進、SaMD(Software as a Medical Device、プログラム自体が医療機器として扱われる製品群)の審査プロセスの整備、そして治験における電子データ収集の本格運用。この3つが、ほぼ同時並行で進んでいます。誤解がないように申し上げると、これは「医療がIT化した」という単純な話ではありません。制度が変わり、対応するシステムが必要になり、そのシステムを作る・入れる・運用するプロジェクトにPMが要る、という極めて具体的な人材需要の連鎖です。
1. 波その1:電子カルテの標準化という「配線工事」
1つ目の波は、電子カルテをはじめとする医療情報システムの標準化です。これまで多くの病院システムは、ベンダーごとに独自仕様で構築されてきました。A病院のカルテとB病院のカルテはデータ形式が違うため、患者が転院すると情報が引き継げない、地域医療連携が紙のやり取りに逆戻りする、といった非効率が常態化していました。これに対して、国際標準規格であるHL7 FHIRベースでの情報連携を進める方針が明確になり、既存システムの改修需要が一気に立ち上がっています。これは例えるなら、各家庭がバラバラの規格でコンセントを作ってしまった街に、統一規格への配線工事を一斉に入れるようなものです。工事そのものは地味ですが、対象となる建物(=病院・診療所)の数は膨大で、しかも同時多発的に発注が動きます。ここでPMに求められるのは、医療の専門知識よりも先に「複数のステークホルダー(病院情報システム部門・ベンダー・行政)の利害を調整しながら、決められた期限内に移行を完遂する」という、極めてオーソドックスなプロジェクトマネジメント力です。
2. 波その2:SaMD承認という「新しい参入ゲート」
2つ目の波が、SaMD(プログラム医療機器)です。AIによる画像診断支援ソフトウェアや、治療用アプリのように、ソフトウェア単体が医療機器として薬機法上の承認対象になる製品群が急増しています。ここが面白いところで、SaMDの開発プロジェクトは通常のアプリ開発とは進め方が根本的に異なります。要件定義や開発サイクルの中に、薬事申請というもう一つの時間軸が組み込まれるからです。開発が早く終わっても、承認審査が終わらなければ市場に出せません。逆に、承認審査を見越した設計をしておかないと、開発が完了した後に大きな手戻りが発生します。この「開発と薬事の二本のレールを同時に走らせる」感覚こそが、SaMD領域のPMの専門性そのものです。率直に言えば、この感覚は経験しないと身につきません。だからこそ、一度この経験を積んだPMは、同じ経験を持つ人材が少ない市場で強い交渉力を持ちます。
3. 波その3:治験DXという「紙からデータへ」の転換
3つ目の波は、治験(臨床試験)のDXです。従来、治験データの収集は紙の症例報告書(CRF)を医療機関で記入し、それを回収してデータ化するという、非常に時間のかかるプロセスでした。これがEDC(電子的データ収集)やRBM(リスクベースドモニタリング)、さらには患者が自宅から参加できる分散型治験(DCT)へと置き換わりつつあります。製薬会社やCRO(治験受託機関)にとって、治験の期間短縮はそのまま新薬の上市までのスピードに直結するため、投資意欲の高い領域です。ここでのPMの役割は、治験実施計画(プロトコル)を理解した上で、それをシステムとオペレーションに落とし込むという、規制知識とIT実装の橋渡し役です。臨床開発の現場と、開発チームの間に立つポジションだと考えると分かりやすいと思います。
4. なぜ「規制業界の参入障壁」がPMにとってはチャンスなのか
ここまで読んで、「規制が絡む分、難しそうだ」と感じた方も多いと思います。その感覚は正しいです。実際、薬機法や個人情報保護法(要配慮個人情報としての医療情報の扱い)、治験関連のガイドラインなど、覚えることは他業界のPMより明確に多いです。ただ、ここで視点を変えてほしいのです。参入障壁が高いということは、裏を返せば「そこを越えた人材の希少性が高い」ということでもあります。以下は目安であり統計値ではありませんが、僕がこれまで見てきた医療DX領域のPM転職では、規制知識をゼロから学んで実務で使えるようになった方は、その後の転職市場で明確に選択肢が広がっています。同じ経験を持つ候補者が少ないため、企業側から見ても「代えが利かない人材」として評価されやすいからです。これはPM Questが扱う他の規制業界(金融・建設の一部領域など)でも共通して見られる構造です。
5. どんな経歴の人が医療PMに越境しやすいか
誤解がないように申し上げると、この記事は「臨床知識がある人だけの話」ではありません。むしろ僕の実感では、以下の3タイプの方が越境しやすい傾向にあります。1つ目は、SIerや自社開発でシステム導入・刷新プロジェクトのPMを担ってきた方。標準化案件は、複数ステークホルダー調整という意味でこれまでの経験が直結します。2つ目は、SaaSプロダクトでPdM経験がある方。SaMD案件では、規制対応という制約の中でプロダクトを磨き込む視点が評価されます。3つ目は、実は医療現場出身の方です。看護師や薬剤師、臨床検査技師など医療資格を持ちながらITプロジェクトに関わってきた方は、現場のリアルな業務フローを知っているという圧倒的な強みがあり、企業側からの需要も強いです。
6. 転職前に知っておきたい、規制業界特有の「時間感覚」の違い
もう一つ、事前に理解しておいてほしいことがあります。それは、規制業界のプロジェクトは一般的なWebサービス開発とは時間感覚がまったく異なるという点です。SaaSの世界であれば、リリースしてから改善する「アジャイル」な進め方が主流ですが、SaMDや治験DXの領域では、審査・承認というプロセスが間に挟まるため、後戻りのコストが桁違いに大きくなります。要件定義の段階で規制上の要求事項を織り込んでおかないと、開発が9割終わった段階で「この仕様では承認が通らない」という事態が起こりえます。これはスピード感を重視するタイプのPMにとっては最初、窮屈に感じる部分かもしれません。ただ、僕がこれまで見てきた転職者の多くは、半年ほど経験を積むと「制約があるからこそ、設計の初期段階で本質的な論点を詰め切る力がつく」と話すようになります。制約は不自由であると同時に、思考を鍛える砥石にもなるということです。
7. 求人票の「歓迎要件」に医療資格が並んでいても諦めなくていい理由
医療DX系の求人票を見ると、「臨床経験歓迎」「薬剤師資格尚可」といった記載が目に入り、それだけで応募をためらう方が少なくありません。ですが、これはあくまで「歓迎要件」であり、「必須要件」ではないケースが大半です。実際の採用現場でヒアリングすると、企業側が本当に求めているのは、規制文脈を理解しながらプロジェクトを前に進める実行力であり、臨床知識は社内の医療アドバイザーや監修医と連携すれば補完できる、という判断をしている企業が多いです。もちろん臨床知識があるに越したことはありませんが、「知識ゼロだから無理」と自己判断で選択肢を狭めてしまうのはもったいないというのが、これまで多くの求職者を見てきた僕の率直な感想です。
(結論)まず「どの波に乗るか」を決めることから
ここまで3つの波を紹介してきましたが、大事なのは「医療DX」と一括りにせず、自分がどの波に乗るのかを見極めることです。電子カルテ標準化は既存のPM経験がそのまま生きる領域、SaMDは開発と薬事の二軸管理という専門性が求められる領域、治験DXは臨床開発の理解が問われる領域と、求められる適性が微妙に異なります。この記事の下にある適性診断では、あなたの経験と志向から、3つの軸のどこに現在地があるかを言語化できるようにしています。皆さんいかがでしたでしょうか。制度が動いているタイミングは、越境のチャンスでもあります。ではこの好機を活かして、今日もがんばりましょう。
よくある質問
Q. 医療DXのPM求人はなぜ今増えているのですか?
電子カルテの情報標準化、SaMDの審査体制強化、治験のDX化という3つの制度的な動きが同時期に進んでいるためです。制度が動くタイミングは人材需要が先行して立ち上がるため、今が越境しやすい局面だと言えます。
Q. 医療業界未経験でも医療DXのPMになれますか?
なれます。求められているのはプロジェクトマネジメントの型と、規制文脈を素早く学習する姿勢であり、臨床知識そのものは入社後にキャッチアップする前提の求人が大半です。SIerや自社開発PMの経験は土台としてそのまま生きます。
Q. 医療PMは他業界のPMより難易度が高いのですか?
参入直後は薬機法や個人情報保護の学習コストがある分、体感の難易度は上がります。ただし越えた後は同じ知識を持つ競合が少ないため、専門性がそのまま市場価値と年収の交渉力に転化しやすい構造です。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。
自分がどの波に向いているか、まず言語化してみませんか
電子カルテ標準化・SaMD・治験DX、3つの軸のどこに現在地があるかを15問の適性診断で確認できます。
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