医療データガバナンスとPM。個人情報保護と利活用の両立を担う仕事
- 病歴等の医療情報は要配慮個人情報にあたり、通常の個人情報より厳格な取得・利用ルールが求められます。
- データガバナンスPMには法律の専門知識より、法務部門と連携しプロジェクト要件に落とし込む調整力が中心的に必要です。
- 匿名加工・仮名加工など利活用手法の使い分けを理解していると、要件設計の質が大きく上がります。
「このデータ、そのまま研究に使っていいんでしょうか」。医療データを扱うプロジェクトで、必ずと言っていいほど出てくる問いです。医療情報は患者一人ひとりのプライバシーに直結する、極めてセンシティブな情報です。しかし同時に、適切に活用すれば新しい治療法の開発や医療の質の向上につながる、大きな可能性を秘めたデータでもあります。この記事では、この「保護」と「利活用」という一見相反する2つの要請を、PMがどう両立させているのかを解説します。
0. 前提:医療情報は「要配慮個人情報」である
個人情報保護法上、病歴や診療情報、心身の機能の障害などは「要配慮個人情報」に分類され、通常の個人情報よりも厳格な取得・利用のルールが適用されます。原則として本人の同意なく取得・第三者提供ができないなど、通常のプロダクト開発で扱うデータとは前提が異なります。医療DXプロジェクトに関わるPMは、まずこの前提を理解した上で、プロジェクトのあらゆる工程で「このデータはどこまで使っていいのか」を常に意識する必要があります。
1. PMの実務:要件定義の前に「データの扱い方」を決める
一般的なシステム開発であれば、要件定義でまず機能を固め、その後にデータ設計に入ることが多いです。しかし医療データを扱うプロジェクトでは、この順序が逆転することがあります。先に「どのデータを、誰が、どんな目的で、どこまで扱えるか」というデータガバナンスの方針を固め、それに基づいて機能要件を設計する必要があるからです。ある医療データ利活用プロジェクトでは、当初は通常の開発フローで進めようとした結果、開発後半になって「この機能はデータの利用目的の範囲を超えている」という指摘が入り、大幅な設計変更が必要になった事例がありました。この失敗から得られる教訓は、法務・コンプライアンス部門をプロジェクトの初期段階から巻き込む重要性です。
2. 匿名加工・仮名加工という2つの技術的アプローチ
医療データを研究や分析に活用する際によく使われる技術的なアプローチが、匿名加工と仮名加工です。匿名加工は、特定の個人を再識別できないよう不可逆的にデータを加工する手法で、加工後は個人情報としての規制から外れる代わりに、元の情報への復元ができなくなります。一方、仮名加工は、他の情報と照合しない限り特定の個人を識別できないよう加工する手法で、匿名加工よりも情報の精度を保ちやすい反面、一定の規制は残ります。PMとして重要なのは、この技術的な違いそのものを深く理解することよりも、「このプロジェクトの目的にはどちらの加工が適しているか」を専門家と一緒に判断できる程度の理解を持つことです。
3. 対比:一般的なプロダクトのプライバシー設計との違い
SaaSプロダクトのPdM経験者であれば、プライバシーバイデザインという考え方には馴染みがあるはずです。医療データガバナンスも根本的な発想は同じですが、要配慮個人情報という特別な分類がある分、判断の慎重さが一段階引き上げられます。一般的なWebサービスであれば「利用規約に同意いただければ利用可能」というシンプルな設計で済むことも、医療情報では取得目的の具体性、第三者提供の可否、保存期間の妥当性など、検討すべき論点が格段に増えます。この複雑さを「面倒くさい」と捉えるか、「専門性を積む機会」と捉えるかで、この領域への向き不向きが分かれます。
4. キャリアパス:データガバナンスの専門性が開く道
医療データガバナンスの実務経験を積むと、その先には医療機関・製薬会社・ヘルステック企業などでのデータ戦略責任者、あるいはプライバシー保護のコンサルティングといったキャリアパスが見えてきます。以下は目安であり統計値ではありませんが、法務知識とITプロジェクト推進力を両方持つ人材は業界を問わず希少であり、医療という特に規制が厳しい領域での経験は、他業界に転じる際にも高く評価される傾向があります。
5. インシデント対応という「もしも」への備え
どれだけ設計を丁寧に行っても、システムの不具合や人的ミスによる情報漏えいのリスクをゼロにすることはできません。医療データガバナンスのPMには、平時の設計だけでなく、万が一インシデントが起きた際の対応フローを事前に整備しておく責任もあります。誰に、いつまでに、何を報告するか。影響範囲をどう特定するか。こうしたフローを事前に決めておかないと、実際に問題が起きた際に対応が後手に回り、被害が拡大するリスクがあります。ある医療系サービスの事例では、事前に整備されていたインシデント対応フローのおかげで、軽微な設定ミスが発覚した際に数時間以内に影響範囲を特定し、被害を最小限に抑えられたケースがありました。
6. 患者本人への説明責任という視点
データガバナンスの設計において見落とされがちなのが、患者本人にとっての分かりやすさです。プライバシーポリシーが法的には正しくても、専門用語だらけで患者が理解できない文書になっていては、実質的な同意取得の質が下がってしまいます。優れたデータガバナンスPMは、法務部門が作成した文書を、患者目線で分かりやすい言葉に翻訳する役割も担います。この「難しいことを分かりやすく伝える」姿勢は、医療DXのあらゆる場面で求められる共通のスキルだと言えます。
7. AI活用時代におけるデータガバナンスの新しい論点
医療AIの発展に伴い、学習データとしての医療情報の扱いという新しい論点も生まれています。AIモデルの精度向上には大量のデータが必要ですが、そのデータがどこまで再利用・二次利用してよいのかという線引きは、既存のルールだけでは判断しきれない場面も出てきています。この最前線に立つPMには、法律や技術の答えが定まっていない領域でも、原則に立ち返って判断する力が求められます。
8. 委託先管理という見落とされがちな論点
医療データの取り扱いは、自社だけでなく外部委託先(クラウドベンダーや分析会社)にも及びます。委託先が適切なセキュリティ水準を満たしているか、契約上どこまでの責任範囲を明確にしているかは、データガバナンスPMが継続的に監督すべき論点です。委託先での事故は自社の責任として扱われるため、委託先選定の段階から関与できることが望ましいポジションです。
9. この領域を志す人に伝えたいこと
データガバナンスという仕事は、成果が目に見えにくい地味な仕事だと思われがちです。しかし、大きな事故が起きなかったことそのものが、日々の丁寧な設計の成果です。派手さより堅実さに価値を感じられる人にとって、非常にやりがいのある専門領域だと僕は考えています。
率直に言うと、この領域は日々アップデートされる制度を追いかけ続ける根気が求められますが、その分市場での代えの利かなさも積み上がっていきます。焦らず、着実に専門性を積み上げていく姿勢が最終的に大きな差になります。
実際、この分野で長く活躍している人材に共通しているのは、変化を脅威ではなく機会として捉える柔軟さです。制度は今後も更新され続けますが、その都度キャッチアップし続ける力こそが、長期的なキャリアの土台になります。
(結論)「守る」と「活かす」を両立させる設計者
医療データガバナンスのPMは、単にルールを守らせる番人ではなく、保護と利活用を両立させる設計者です。この記事の下にある適性診断では、あなたがこの領域に向いているかを確認できます。皆さんいかがでしたでしょうか。守ることと活かすこと、両方を大切にできる仕事です。では今日もがんばりましょう。
よくある質問
Q. 医療データは個人情報保護法上どう扱われますか?
病歴や診療情報は要配慮個人情報として、通常の個人情報より厳格な取得・利用ルールが適用されます。プロジェクトの初期段階で取得目的と利用範囲を明確にする設計が必須になります。
Q. データガバナンス担当PMには法律の専門知識が必要ですか?
専門知識そのものより、法務・コンプライアンス部門と連携しながらプロジェクトの要件に落とし込む調整力が中心です。詳細な法解釈は専門部門と分担する体制が一般的です。
Q. 匿名加工と仮名加工の違いは何ですか?
匿名加工は特定の個人を識別できないよう不可逆的に加工したデータ、仮名加工は他の情報と照合しない限り特定の個人を識別できないよう加工したデータです。利活用の用途によって使い分けが必要です。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。
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